6歳よりバレエを始める。
人前で喋る事が極度に苦手、でも人前で踊る事は全く抵抗が無かった。
保育園から中学校まではイジメの対象になる事が多かったが、踊っていたお陰でグレなかったと思われる。
18歳、看護婦を目指して東京へ。踊る事は諦めていたが、Jazzダンスに出会いすっかり傾倒。忙しい学校生活とダンスレッスン通いで心身のバランスを崩し、看護学校中退。しばらく精神科に通う日々が続く。
回復後はJazzダンス1筋の日々(主に福井亜紀に師事)。ブロードウェイダンスセンターの国内外の公演に多数参加。生涯Jazzダンスを続けていくと思っていた。
20代後半、大岩淑子との出会いから、コンテンポラリーダンスとヨガの魅力を知る。子供の頃に自然の中を走り回っていたような自由な身体の感覚が蘇っていき、身体の質がすっかり変わるのを感じる。
30代に入り、徐々にJazzダンスから離れ方向転換。振付作品を発表する一方、即興パフォーマンスに多数参加。即興で踊る方が自分にとってより自然な事に気付いていく。
様々なジャンルの音楽家やイラストレーションとのコラボ、芝居の舞台へのゲスト出演、舞踏の作品にも参加する。
2015年より、長年患った股関節疾患が悪化し杖生活となる。踊る事を諦めかけるが、その身体と向き合う事が貴重な稽古である事に気付き、踊り続け、独自のスタイルを見つけていく。
2020年1月に右側人工股関節置換術。片側人工関節、片側自分の骨という貴重な身体を経験した後、2021年9月に左側人工股関節置換術。
新たな身体と日々向き合いつつ、次のステージへ向かっている。